ただ二年間書くブログ

仕事あり、妻子あり、一戸建てローンあり、車もあるが裕福かと言われたらそうでもない。不自由だが幸せである、そんな気持ちを表せたら。そして自分らしさって一体どういうことなのか?どうでもいいけど真剣に、二年間毎日書くことが最大の目的であるブログ

真っ当に生きる難しさ

仕事に疲れてしまった。

愚痴ブログになりかねない。

 

芸能人の自殺が増えている。

 

誰しも真っ当に生きていくのは簡単でない。

昔と比べてどうなのか?

年間自殺者数はいっとき3万人を下回り、降っていくのか?と思われたが

新型コロナウィルスのせいで失業される方も多く、希望を失いがちなのではないか?

 

何も死ぬことはないと思うが、人の道を踏み外すこともあるのだろう

 

だから真っ当に生きるのは簡単でないって思うのだ。

 

今私はなんとか踏み外さずに生きている

しかし、決して当たり前だとは思わない

こうして三食いただき、風呂に入って暖かい布団で眠れる生活

家族もいる

 

とても特別なことと思う、これ以上の贅沢はきっとない。;

 

維持するために仕事をして日銭を稼いでいる。

仕事があることも当たり前ではない。

 

しかし仕事に疲れた。一生懸命働けることを楽しもうと努力しているつもりだが、人の尻拭いで自分の業務が後回しになるのがとにかく辛い。

当の本人は「すみません、よろしくお願いします」という恐ろしい呪文を唱えて帰宅される。

 

そんな職場を構成している一員として責任を感じてしまう。自分の至らなさに気持ちが暗くなるばかり。

 

そして目の前が見えなくなり何も感じなくなるのだろう

気づいた時には大切なものを手放してしまい、後戻りできない道を進んでいるのか?

 

わかっていても止めることができなかった人たちが最後に死に至るのだ。なんとも救いのない話だ。

 

この世の中は真面目で一生懸命な人が得しないようにできているのかもしれない

ずるくて傲慢で、弱者を簡単に踏み潰すことができる人のために作られた世の中なのか?

 

私はどっちもご免だ。;

 

明日も生きる。真っ当に生きる。;

そのために最も今必要なのは安らかで十分な睡眠だろう。

 

そんなわけでおやすみなさい。あなたにも良い明日が来ますように。

 


鬼滅の刃

鬼滅の刃の映画が公開された。

連日ニュースで動員数がどうとか、興行収入がどうとか、とにかくすごいらしい。

 

回転寿司や、缶コーヒーや、スナック菓子なども軒並みタイアップしている。

あっちもこっちも鬼滅の刃だ。Instagramのタイムラインは「鬼滅みてきた〜」という報告が連なっている。

 

私は観ていない。

 

Amazonプライムでアニメは観た。

その後、コミックスで観れるところまで観た。

 

映画公開にならって、列車で闘うくだりをもう一度見直してみた。

 

私は泣かない。

 

どうやら私はこの作品、ハマらなかったらしい。

とんでもない大人気だと知ったのが数ヶ月前、もうすぐ連載も終わる勢いとのことで、終わったら一気読みしてみるか〜くらいに捉えていた。

 

Amazonプライムでアニメが随分公開されていると知り、第一話からみてみたが、いきなり思った以上に残酷なことになっていて観る気が失せた。

しかしここで食わず嫌いしてもどうかと思い、全部観た。

 

柱たちが出てきてアニメは終わってしまったので、少々続きは気になった。

 

そんでコミックも読んだ。

 

そこまで面白いか?そこまでブームになるほどか?

という疑問は持った。

 

好きなら好きでいい、当たり前だ。;

 

ちょっと勘違いしていたのは「鬼退治」という情報が先行してい

家来を従えて鬼ヶ島にいくのだと思い込んでいた、そこも違った。

 

進撃の巨人が噂になったときも読んだ、その時は面白いと思った。

鬼滅の刃はちょっとおじさんには届かなかったのかな。

 

恋の呼吸って。。

 

ちなみに息子は映画を観たいと言い始めた。

誰か連れて行ってやってくんねえか?

 

 

 

風邪も引けない今日この頃

寒くなってきた。

 

例年10月でもTシャツ一枚で元気よく外で遊ぶこともある。

しかし今日のように冷たい雨が降ろうものなら、そんなことしていたら異常者として認知されています。

厚着で仕事をしていた。

 

新型コロナのショックは半年以上続き、相変わらず混乱していると思っている。

GoToなんとかのせいで余計に混乱しているのではないか?と声を小にしていいたい。

 

そろそろ季節の変わり目で体調を崩す人も増えてくるだろう

風邪をひこうものならPCR検査を受けなきゃならないんじゃなかろうか?

発熱したら「無理しないでね」なんて言葉では済まされない雰囲気がイメージできている。

 

厄介だ。

 

日本は本当は幸せな国なのに、寛容性が低いので幸福を感じられないのだと聞いた。

そりゃ命を脅かすウィルスが蔓延したら寛容でいられないのも理解できる。

しかしあまりに狭い、心がない。

 

くしゃみ一つで戦争が起ころうとする時代の幕開けか?

人々はそんなことをするために生まれてきたのか?

 

先日、エレベーターに乗った。

7〜8名が同乗していたその中で、一人の老人が「いけねえ、マスク車に忘れた」と発言した。確かに口元が露出していた。

その場にいた方々はにっこりしたり「私もときどきある」と声をかけるなど平和だった。

そんなものでいいじゃないかって個人的には思うが、強く主張できないのは

人それぞれの事情や、感覚、価値観があって良いということもとっても大切だと思うからだ。

何かを不快に思うことが許されないということもまた寛容生が乏しい。

 

そういうことなのだ。

 

へっくしょん!

お題「10万円」

お題「10万円」

 

お題スロットなるものを回してみた。

複数回回して10万円というのを選択。

 

給付金で10万円を手にしたのは遠い過去のことに思える。

我が家も当然家族人数分をいただいて経済を回した。

 

もっともわかりやすい形となったのはTV。

 

結婚生活をスタートさせるときに購入して以来ずっと使い続けていたSHARPAQUOS、どこも壊れていないが画面の小ささに不満が高まっていた。

 

新居購入の際にテレビも大きなサイズに買い替えたかったのだが先送りにして5年経過。壊れるまでずっとこれを使い続けるのだろうと覚悟を決めていた矢先に定額給付金の話が舞い降りたというわけ。

 

それで

 

新しく我が家にきたTVもSHARPAQUOS

サイズは60インチ

機能は最小限のやつ

 

実は、もともとTVをそんなにみない

朝のニュースと日曜のワイドショーをちょっと見るか見ないか程度

なので大画面不要説は多いにあったのだが、Amazonプライムが大きい

YouTubeにしろ映画にしろ、やっぱり20畳を超えるリビングで32インチで視聴はきつかった.

 

60インチになってすごくしっくりきている。ハマっている。

ますますAmazonプライムで何かしら視聴している。余計にテレビ番組を見なくなってきた。

リアルタイムで縛られて何か放送を見るという生活が馬鹿馬鹿しく思えてくる。そこまでして見なきゃいけないほどのものなんておそらくひとつもない。

 

今のところ録画用のHDDも購入していない、なんの問題もない。

見逃したものは見逃したまま、取り返そうと思わなければ良い。

 

生活が変わってきた。

10万円で60インチのテレビを買ってよかったと思う。

 

サンマルクカフェ

私はサンマルクカフェのヘビーユーザー。

 

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特別好きな理由があるわけではなく、生活習慣の構造上、週に2度ほどきてしまうことになっている。

 

そしてそんな生活はもう7年ほど続いている。

 

あちこちの店舗を回っているのではなく、一つの店舗に通い続けている、ある意味仕方なく。

 

なので、前述した構造から外れた日常が過ごせている機会では、カフェに入るなら絶対にサンマルクカフェは行かない。

 

繰り返すが、好んで行っているということではない。

 

とはいえ、嫌いだったら別の店に通い続けるわけで、それなりに居心地の良さを感じているのも事実。

 

良いと感じていることを列挙してみる。

・空いている

・椅子の座り心地が良い、種類も豊富

・コーヒーがまずくはない

チョコクロが美味しい

・静か

・一人客がほとんど

・アイスコーヒーのグラスの形状が好み

・出入り口が大きくて開放感がある

・暗すぎず明るすぎずちょうど良い

・夏はフロートトッピングが美味しい

カップもなかなか可愛い

Wi-Fiもある

 

などなど、ざっと思いついた。

 

不満もついでに。

・電源タップがない

・店員が総じて無愛想

・パフェやフロートの提供時、盛りに個人差が尋常じゃなくある

・返却口に洗い物が溜まりすぎていてカップすら返しにくい時が頻繁にある

・カフェラテがただの牛乳の時がある

 

くらいの感じである。

 

アプリでポイントを貯めて、サービスを受けることもある。最近はレシートからQRコードを読み取るシステムのようだ。

 

良くも悪くも今の日常に必要な空間として、対価を払っている。

今日もこうして店内からiPhoneでブログを書いてみている。

 

正直な本音は

ここがドトールだったら良かったのに

なんて思ってしまう。

 

あと、生ビールがもしあったなら頼んでしまうことも多々あっただろう。

 

 

 

iPhone12発表

危うく寝るところだった。

毎日二年間書き続けるというハードルの高さを早くも痛感している。

 

きっとそのうち、それも近いうちに「今日は何書くか」と悩む日がくるのだろう。

 

iPhone12が発表された。

外観が角ばっててかっこいい。

軽くなったらしい。

処理速度上がったらしい

 

ほしいけど高い。

 

私の使っているiPhoneはもう4年近くなる。

画面にはヒビが入り、どういうわけかマイク機能まで失われた。

この時点で、もはや電話ではない。;

 

幸い、LINEなどで連絡することばかりで難を逃れている。どうにでもなってしまう。

あれ?電話ってもういらないのかな?

 

ただ、マイク機能が失われていることで音声入力もできないし、動画撮影しても音声が入らない。そういったことはとてもストレスを感じる。

 

そのような状態でごまかしながら使い続けている大人ってどうなんだろう。

 

物を大事にしている、とかって話じゃない。

 

とりあえず、もし次にiPhoneを買い換えた際には、強く思っていることがある。

 

ケースは頑丈なものにしよう、と。

 

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私の大事なお店

最初に伝えておきたいのは、この記事に写真は出てこないということ。

そしてお店のURLも貼られないということ。

 

先に本当のことを言ってしまえば、私にとって大事なお店というのは

吉祥寺にある、とあるフランス料理店。

 

今の妻と恋人になる日に一緒に食事をとった店。

結婚してから一度だけ記念日に訪れたが、それっきり行ってない。

 

なので本当に大切か?と言われると疑問が浮上するのだが

私の心にはとても深く、その味や情景が刻み込まれている。

また行きたいと思うが、近年結婚記念日は近場で済ませてしまいがちだ

お互いに億劫になった。

 

食べることは生きること

一緒に食べるということは一緒に生きるということ

一緒に美味しいと思うということは

一緒にいて幸せと思うということ

 

大切にしたい人とは、美味しいものを一緒に食べることをおすすめする

そこに会話なんていらないから

本当に一緒に美味しいと思えるものを出してくれるお店に行けば

人間関係だって恋愛だってうまくいくんじゃないかなって思う。

 

美味しいと思うものは個別に違う

そりゃそうだけど、でも一緒に美味しいって思えるものもあるに決まってんだろう。

 

あと、大切なお店は牛丼チェーン全てと、家系ラーメン店は人生になくてはならない。

 

二年間描き続けるか。早くも挫折しかけた今日であった。

 

少しはおすすめできるお店の情報とか載せたほうがいいんだろうな。

どっかねえかな。

 

丸亀製麺も美味しいな。かけうどんしか絶対に食べないけど。