ただ二年間書くブログ

仕事あり、妻子あり、一戸建てローンあり、車もあるが裕福かと言われたらそうでもない。不自由だが幸せである、そんな気持ちを表せたら。そして自分らしさって一体どういうことなのか?どうでもいいけど真剣に、二年間毎日書くことが最大の目的であるブログ

太ももの悲鳴

筋肉疲労がとれない週末だった。

 

本厄の私は、ずいぶん体力の衰えを感じており

運動しようにも気持ちも動機もないという体たらく

 

趣味で少々筋肉を使ってみたところ太ももが悲鳴をあげている

それが数日続いてしまっているという状態。

 

これはもうだめだ。

 

 

花粉症の市民権

今週のお題「花粉」

 

毎朝ニュースで花粉の情報について確認している

 

しかし私は今のところ花粉症ではない

妻は花粉症だから、耳鼻科で薬を処方してもらったりしている

なるべく家の中に花粉を持ち込まないでほしいと訴えられる

自分ごととして捉えられていないので、なかなか協力できていない現状がある

 

この花粉症という症候群

ずいぶん当たり前のようになったが、30年前は大変だったらしい

周囲の理解が著しく低かったため、当時から重度の花粉症だった方は

職場で「なんだそのいいわけ」「たるんでないで仕事しろ」と罵られたそうだ

 

なんでもそうだ

 

自分たちが知らないことは知ろうとせず

できない人が悪いと決めつける

 

障害の社会モデルなんて理想論なのか?

 

私は自分が花粉症ではないが、花粉症に理解がある

くしゃみやめのかゆみがどうしようもなく抑えられない状況を想像できる

薬を飲もうが、マスクをしようが、似合わないJINZのメガネをしようが、コントロールできない症状と付き合いながら家事や育児や仕事をこなさなきゃならない苦労を100%でないにしろ想像することができる。

 

そうすると、無理させるわけないは行かない、自分にできることはなんだ?という意識と行動になってくる

間違っても、そういう状態の相手を否定することはないし、個人の原因にするような発言はしない。

 

世の中全員そうあるべきだ。

 

多様性と寛容性は一部に広がれば良いわけではなく、全体に広がらないと。

 

そしていつか私も花粉症になる日がくるだろう

そんなときに優しい社会であってほしいと切に願う

 

 



 

暗い顔してこっちを見ないでほしい

めんどくさいと思う人間関係がある

 

やっぱり自己肯定感の低い人はめんどくさい

承認欲求が強い人もめんどくさい

 

そして自分自身も結構めんどくさい

 

これだから困る

 

おいしい九州ラーメンでも食べないと

春を迎えられないじゃないかって思う

 

緊急事態宣言は二週間ほど延びる

ちゃんと自粛してますって人は都民の何割?

 

ちょっと疲れた日だった。

我慢は体に毒ですよ

我慢は体に毒だという

 

私もそう思う

 

我慢ときくと何を連想しますか?

 

最初に食べ物や飲み物を連想した方

その我慢は無駄です

 

無責任に言い切ってしまった

基礎疾患などがあり止むを得ず我慢を強いられている方には申し訳なかった

 

ただ、そうでない方は

我慢なんてしないで、食べて飲んで

その分、消費できる何かを

溜まらなかったストレスの分だけやったらどうだ?と考える

 

食生活は生活習慣病に直結するが

五大疾病に精神病が加わった現代において

我慢でストレスを溜め込むことに抵抗を覚えても良いのではないか?

 

私はなるべく我慢をしない

美味しいという経験をたくさん詰んでドーパミンがびゅしゃーと溢れ出す

 

それでも職場では我慢しなきゃいけないこともまっている

 

 

最大の敵は

眠いのに我慢して起きなきゃいけない朝だ

 

ベーシックインカムなどいらない、ちゃんと働きにでるので

朝頑張って起きれたら一万円給付制度求む

 

職場における砂場理論という持論

例えば人が集まってグループができるとする

期間を決めて何かプロジェクトを起こそうとする

「なんかやりたいよねー」という意思は共通していると確認される

 

そこから全く何も進展しないということがおこる

 

もうこれが起こる職場は詰んでいる

最終的には誰か一人が動いてなんとかしてしまうことが多い

その他大勢は結果がどうであれ、職業人としての成長はない。

 

これを私は砂場理論と名付けた

 

公園で仲良くなったグループ、もともと仲の良いグループどちらでも良いが

複数人が一緒に砂場で何か作ろうということが決まったとする

それがお城でも、トンネルが通った山でもなんでもいい

 

作る、作りたいという気持ちの共有時はとても盛り上がる

しかしいざ物事スタートすると、誰も砂場の中に入ろうとしない

見事に外側で「あーしたい」「こーしたい」と口だけを動かす

 

誰も靴を汚さない

誰も砂を触らない

誰も泥に塗れない

 

もちろん何も完成しない

 

いつしか陽は暮れる

 

これは良くないと勇気ある一人が砂場に飛び込み作り始めるようなら

「結局一人でなんでも進めちゃう」「人の意見をきかない」

と砂場の外から陰口を叩かれる

 

これが砂場理論だ

 

恐ろしいことに現実にそういう職場が存在するのだよ

 

解決策は一つしかないと考えている

 

最初に砂場に飛び込んだ者は、作るのではなく

砂や泥を外にいる者たちに投げつける

できれば顔面目掛けて

 

そして外にいる者たちが中に入ってきて砂や泥を投げ返してくれば最高だ

みんな砂まみれ、泥まみれになる

もしかしたら城も山もできないかもしれない

その日はそうかもしれない

 

しかし、次は一緒に砂場に入ることにハードルがないのではないか?

 

と、戯言を書いた。

 

グループが機能しないのはリーダーのせいだろう、当たり前の話だ。

 

 


ヒカルというYouTuberを好きになった話

本当に時代遅れのおじさん感が強いのだけど

ヒカルというYouTuberを知りまして

ちょっとハマりそう

 

全く知らなかったわけじゃない

どんなにぼんやりと生きていたって

 

HIKAKIN

はじめしゃちょー

ヒカル

 

この三人、名前くらいは知っていたし、他にも

 

ラファエル

東海オンエア

フィッシャーズ

 

くらいはなんとなく有名どころなんだろう、と知っているつもり

 

しかし、テレビの延長線上でYouTubeを楽しんでいる私は

いわゆる、YouTuberに詳しくなく、興味もなく

チャンネル登録をしたり、ファンになったりということがなかった。

 

ところが先日、この動画をみまして

www.youtube.com

とても良い面構えだな〜って感心してしまった

 

年上だからちょっと上から目線な発言になってしまったが

若いのに大した者だと感心してしまった

 

こういう人が成功できる時代になったのは良いことなんだろう

ぼんやりして意味わからないで生きてるおじさんは、生きてるだけで精一杯だ

 

おもしろい

 

ヒカルはいろんな叩かれ方もされてきたようだが

まあそんなことはさておき、またなんか面白い動画があったらみてみようって思う。

 

まだくじ引きのくらいしか見てないので。

 

今週のお題「雛祭り」

 

こんなお題でなんか書けと言われても男の私にとっては難しい。

 

ひな祭りというと

雛人形

雛霰

あとは何も思いつかない

 

雛霰は美味しいと思わない

チョコレートの方が美味しい

 

以上

 

雛人形は我が家にはない。一人息子がいるだけなので。

 

ただ、私の実家にはずいぶん古い雛人形があった。

母曰く「江戸時代のもの」とのことだが、真相はわからん。

 

確かに幼少期、友人の家で飾られている雛人形とは全く違う雰囲気があった

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だいたいこんな感じだったので本当に江戸時代から伝わるものなのかもしれない

 

とにかく全く可愛らしさがなく、子供心に刺さらない人形だった

しかも首がスポっと抜ける仕様だったので、ふざけて首無し状態になったり

御代理様とお雛様の首が逆になったりといたずらが絶えなかった

 

もう実家でも処分してしまったのかもしれないが

子供の頃の懐かしい記憶が蘇ったな。

 

ところで、この商品買ってみてもらえないかな?